PARIS2004(帰国) [PARIS・2004]
一昨年の旅、しかもパリは2泊3日だけの滞在なのに
11も記事にしてきましたが今回が最後になります。
セーヌ左岸を歩き、メトロにのって宿泊していたバスティーユに戻りました。

かなり疲れたのか、おかしな格好で熟睡モードに入っていました。(この時2歳1ヶ月)
宿泊したホテルの食堂は珍しく地下にあり

窓がないので壁・天井は空(雲と)が描かれていて、何かこども部屋のイメージでした。

やはりパン王国フランスのブリオッシュは最高においしかったです。

朝食をすませて部屋に戻り、帰り支度しました。
裏手にある食品店で買出ししたのも今では思い出(気さくな兄ちゃんがいてました)
ホテルのフロントに、タクシーをお願いしました。
そのタクシードライバーはカンボジアからの出稼ぎらしく
「最初は仕事探しに苦労した」などなど、会話がはずんでいるうちにド・ゴールに到着。

ヨーロッパの行き帰りは必ず韓国・ソウルに立ち寄らないと
気がすまない(嘘、安いからです)私はインチョンで買い物をし、
関空に無事到着しました。
<ソウルまでエールフランスはラッキーでした>
サンシュルピス~セーヌ左岸沿い [PARIS・2004]
旅行に行く前からサンジェルマンデプレから徒歩すぐにある
サンシュルピス教会は絶対に行くつもりでした。


教会前には立派な噴水が

何をいっても正面入口の雰囲気が壮大な感じがしました。
<”ダヴィンチコード”を読まれた方が行くともっとおもしろいかも・・・>
その後、サンジェルマンをセーヌ川に向かって歩いて北上
セーヌ左岸を東に向いて結構歩きました。

ポンデザール、芸術橋という名の如く橋でたまにライブのような催しもあるそうです。

ポンヌフ、パリ最古の橋ですが直訳すると”新しい橋”なんです。
シテ島を渡り、シャンジュ橋を渡ってシャトレ駅へ

シャトレ駅はメトロの4つの線が交差する駅で
乗り換えする人がたくさん行きかってますが、
構内でメトロミュージシャンが演奏していました。
生演奏はやっぱりいいです、メトロの構内なので音がよく響き
鳥肌が立つくらい興奮しました。
そして、メトロでバスティーユにあるホテルに帰りました。
サンジェルマン・デ・プレ [PARIS・2004]
サクレクール寺院のすぐ下にあるカフェでランチ、クロックマダムを食べました。

その後、またアベス駅まで歩いて、メトロでサンジェルマン・デ・プレへ
サンジェルマン大通りに面した、パリ最古の教会
サンジェルマン・デ・プレ教会

すぐ横の、ドゥ・マゴでお茶したかったのですが今回はパスしました。

大通りの裏側は、こんな感じです。
542年からの修道院付属教会が発祥したとのことなので、1400年もの歴史が・・・

すぐ近くにいい感じのお店がありました。

そのお店の先に見えてきたのが
目的地のドラクロワ美術館です。

ドラクロワはこのアパルトマンから、サンシュルピス教会にほぼ毎日通い
壁画を描き続けたようです。(友達のショパンも遊びに来たりしたんでしょうか)
その後また、大通りに戻り少し買い物を楽しみました。

続きはまた次回~
モンマルトル(サクレ・クール寺院) [PARIS・2004]
パリでの2日目は、まずはモンマルトルに行こうということでメトロに乗り込みました。
バスティーユ駅から1番線、ドゴール・エトワール方面行きに乗り、
コンコルド駅で、12番線に乗り換えアベス駅で下車。
このアベス駅は、パリ市内のメトロの駅では一番深いところにあるそうで
エレベーターで地上まであがりましたが、乗っている時間はかなり長かった気がします。

アベス駅の出入り口、エクトル・ギマール(1867-1912)の作品です。
100年も前の作品とは、すごい!
地図を片手に、サクレクール寺院までアメリが出てきそうな下町を歩きました。
雑貨屋さんや、ポストカードショップ、ステーショナリー(文房具屋)など
見ていて楽しいお店がたくさんありました。


約10分位で、サクレ・クール寺院に到着。
サクレ・クールとは、”聖なる心” という意味だそうです。

向かって左手の階段を下りると、寺院の上まで行ける入口があります。

寺院の中にある螺旋階段、結構疲れます。
慌てずにボチボチ上ることをおすすめします。
到着~

小さいけれどエッフェルも見えました。

「あそこにあるのん何~?」
また次回に続きます。
バスティーユ [PARIS・2004]
マドレーヌからメトロでバスティーユに到着いたしました。
メトロといっても、この駅は地上にあります。(正確には橋の上にあるようです)

この壁画を見ると、”バスティーユ牢獄襲撃事件”を描いているようですが
私は、「ベルばら」を思い出してなりませんでした。
(もちろん探してもオスカルはいてません)
ホテルで一息ついて、夜ごはんは外で食べずに買出しして部屋で食べようということで
バスティーユ駅から東に向いて雑多な下町をぶらつきに出ました。
私の好きな映画のひとつ
「猫が行方不明」

監督:セドリック・クラビッシュ1996年*フランス*91分
で舞台になった、PAUSE Cafe を発見。


もっと街歩きをして色々とみたかったので、中には入りませんでした。
Ledru-Rollin駅界隈には、クリエイターのショップが多いようで中で
家具等を作成している工房もたくさんありました。

結局モノプリで買い物してホテルに戻ることに
近道を知っていましたがあえてまた
オペラバスティーユの前を通るため駅の方角へ

一部のガイドブックには、バスティーユの治安は少し悪いように紹介されていますが
バッグを持たずに手ぶらで、普通にプラプラ歩いていると特に何も感じません。
やはり、どんなエリアに行っても観光客バレバレって感じだと余分な危険まで
呼び寄せる結果になるように思います。
マドレーヌ寺院 [PARIS・2004]
エッフェル塔から、凱旋門、そしてシャンゼリゼを東へ歩きコンコルド広場を通り、
ヴァンドーム広場を経由してこちらマドレーヌ寺院に到着。

パリの中心部にあるマドレーヌ寺院の建築が始まったのが1764年。
自分の偉業をたたえる殿堂として現在のような形に作ったのが
ナポレオンだったそうです。
そしてカトリックの教会となったのは1842年のこと。
現在のパリ市内の観光名所をチェックすると
いかにナポレオン時代に形成されたかがわかります。
パシャパシャ道の真ん中でマドレーヌを撮影していると白バイの警察官に
「ピピピッーーー!」
その警察官のうしろがフォション本店


「おいしそう・・・」 それ以上語れません。
かなりの距離を歩いて疲れたのでまだ早いけれど、宿泊するホテルのある
バスティーユへ戻ることにしました。

Paris にてうなぎ丼 [PARIS・2004]
ヴァンドーム広場のすぐ近くに
サン・ロック教会があります。
教会の前には地元のパリジャンやパリジェンヌが階段に座ったりしていました。
(待ち合わせによく使われる場所かも)

ルーブルやパレ・ロワイヤルを作ったルメルシェが設計した教会ですが
何か教会とは違った雰囲気をかもしだしている教会でした。
パリに行く前から、今回は日本食を一度は食べようと考えていました。

ご馳走様でした。(食べる前に撮影するの忘れてました)
うなぎはおいしかったですが、お米はちょっとイマイチでした。

おなか一杯になり、次はマドレーヌ寺院へ
<続きはまた次回に>
ヴァンドーム広場 [PARIS・2004]
コンコルド広場 [PARIS・2004]
凱旋門からシャンゼリゼを東に向かって歩きました。
メトロでいいますと、ジョルジュサンク→ルーズベルト→シャンゼリゼ・クレマンソーの次が
コンコルドで駅4つ分歩きました。

”コンコルド”とは和合、調和、融合、一致などを意味します


1763年の広場の完成時の名前は、ルイ15世広場
その後マリー・アントワネットが処刑された時は、革命広場
そして今の名前のコンコルド広場になりました。
中央にそびえ立つのは、紀元前13世紀作られたオベリスクです。
高さ22メートル86で1831年にエジプト王ムハマッド・アリからルイ・フィリップに寄贈されました。
実際、”広場”という名前ですがバスティーユと同じくでっかい交差点のような感じです。
<続きはまた次回>
凱旋門 [PARIS・2004]
こちらも昨年、秋の欧州旅行での一枚。

パリを訪れるたびに、必ずエトワール広場に来ますが
放射線状に伸びた交差点を目の当たりにすると
ここが世界の中心だなぁと実感します。

シャルル・ド・ゴール広場という名前ですが、パリジャン・パリジェンヌは
”エトワール”と簡単に言うそうです。
エッフェル塔 [PARIS・2004]
昨年秋にヨーロッパを訪れて、ちょうど一年が経ちました。
ドイツ・フランスと二カ国を旅し、たくさんの写真を撮りましたが
スタンダードなお約束のパリでの一枚。

お約束ですが自分ではお気に入りの一枚です。
日本の都市計画とは違い、街中の建物は厳しい高さ制限があるため
なだらかなパリ市内を一望できました。
エッフェルの高さは、321Mだそうです。
(東京タワーは、たしか333Mだと思います)











